【私小説風】一朗と私(長文です)
一朗と関係を持つようになってから、ベッドルームに彼専用の戸棚を買った。パジャマや下着、簡単な着替えが少しだけ入っている。彼が帰って行ったあとも、大きなTシャツをたたんでそこへしまう時間は、幸せに思える。一番下の引き出しは、私は開けない約束になっている。私の部屋にあって、私が知らない場所。そんなところにさえも愛しさを感じる。

久しぶりに遠征から帰ってきた一朗が、私の部屋に寄った。明日は午後までゆっくりしていられるとのことで、私達は夜遅くまでベッドの中で語り合った。チームメイトのこと、子供の頃のこと、家族のこと、そして、奥さんのことに話が及びそうになって、私はふいに聞いてみた。「一番下の引き出しには、何を入れているの?」と。答えてくれなくてもよかった。ただ、私にもやさしい奥さんの話しを、今、彼の腕に抱かれながら聞きたくなかったから。
「あぁ、隠さなくてもよかったんだけど。心配するよな。」私の気持ちを察してか、一朗が引き出しの秘密を教えてくれた。「ピストルだよ。」
「え。」
ごそごそと、ベッドから半分からだを伸ばして、一番下の引き出しを開ける。暗い部屋の中でも、その異物の存在感が鈍い光を放っている。
「ほら、持ってみる?」
ずっしりと重く、ホンモノは初めてだけど、これはホンモノなんだってわかる。こわごわと、危なっかしく観察している私から、手馴れた手つきで取り上げる一朗。
「アメリカじゃ、自分の身は自分で守らないといけないから、当然なんだよね。」映画に出てくる俳優のように、ロックをかけたり、はずしたり。怯えた私に気づき、弾が入っているのを確認して、ロックをはずす。もとの引き出しにそっとしまった。「怖かった?」
そういって強く抱きしめる。ほんの少し布団から出ていただけなのに、一朗の両腕がすっかり冷たくなっている。私はその中に顔をうずめて、早く温まるようにと体温を放出する。
ずっとあこがれだった一朗と、こうして一緒にいることは夢のようなんだけど、現実にピストルを見て、現実感はますます薄くなった。でもこれが今で、現実なんだ。同時に、とんでもないところに足を突っ込んでしまったんじゃないか、と、なにか嫌な予感がして、その夜はなかなか寝付けなかった。

翌日、2月とは思えぬ暖かい日差しの中、ゆっくり目覚め、二人でごはんを食べて、のんびりした時間を過ごす。私は洗濯をして、ベッドルームから続くベランダに出る。先に干していた布団を室内に取り込み、洗い立てのシャツを干す。一朗はわたしの隣で本を読みながらスナック菓子を食べている。やっぱりスポーツ選手はカロリーとるんだなぁ、なんて感心する。
風が気持ちいい。窓を開けたままで、私は室内に戻る。ベッドを整えてベランダを見る。揺れるシャツの間から一朗が見える。風に少し眉をひそめ、まぶしそうに本を読んでいる。かわいい顔になって、つられて私も微笑んでしまう。「時が止まればいいのに」って望まずにはいられない。幸せな休日。
こうしていると、昨夜のあの黒く光るピストルは夢だったんじゃないかと思えてくる。
この一番下の引き出しに、あんな非現実的なものが入っているなんて、信じられなくなる。

私は一朗からは死角になっている一番下の、秘密の引き出しの取っ手に手をかけた。ゆっくり、音を立てずに引き出しは開いた。後ろめたさで手が震える。
だが、そこには何もなかった。「あぁ、やっぱり、昨日のピストルは夢だったんだわ」とホッとしたその時、
「沙耶!!」
ベランダから一朗の大きな声が聞こえた。私は急いで引き出しを閉める。見つかっちゃったかな、引き出しを開けたことは素直にあやまろう、そうすればきっと許してくれる。そう思いながら、ベランダに目を向けると、そこには休日の穏やかさは微塵も感じられない光景があった。
黒いコートに黒い手袋、黒い帽子に白いヒゲを蓄えた大柄な男が、隣のベランダから入ってきていたのだ。しかもその手にはなんと猟銃が握られ、その先端はしっかりと一朗を見据えていた。
あぁ、昨夜の嫌な予感はこれだったのだ。どうしよう、一朗が撃たれてしまう。なんとかしなきゃ。ピストル!昨日のピストルも現実だわ、きっと私の近くにあるはず・・。
私は大慌てで他の引き出しを開けて、ピストルを探した。でもやっぱりない。
「沙耶!」また一朗の呼ぶ声が聞こえる。
振り返ると、黒ずくめの男がベッドルームに入って来ている。猟銃の先は、私に向かっている。男は言った。
「ここにあることは分かっている。素直に全部出すんだ。あんな紙切れ、お前が持っていても何の役にも立たないだろう?」
男の狙いは一朗ではなかった。そのことに少し安堵するも、この男欲しているものを、素直に渡すわけにはいかない。あれは私のプライド全てなのだ。
「いやよ。あんたなんかに絶対渡さない!!」死んででも守ってみせる。私の魂なんだから。
「まぁ、いいさ。どのみち、証拠隠滅、お前には生きててもらっちゃ困るからな。ズドンとやった後で、いくらでも探せるさ。」
もうダメか、と思った。殺される。
「沙耶!!これを使え!」
一朗が、さっきまで食べていたスナック菓子の袋を私に投げてきた。空の袋のはずなのに、重みのある軌道を描き、私の目の前に落ちた。一瞬気をとられた男を横目に、すばやく袋から取り出した。あの、重みのあるホンモノを。
ロックをはずす。初めてなのに、なんのためらいもなく、トリガーをひく。正面から男の胸に一発。急な展開に男は撃たれたことに気づいていないのか、そのままベッドを越えて、こちらに来ようとする。不死身の男が向かってくる。私は「ピストルで一発くらいじゃ人は死なないの?!コート着てるから?!」と、怖くなってもう一度引き金をひく。今度はもっと至近距離で、男のおでこ目掛けて一発。しわの刻まれたおでこに、ウェブカメラのレンズくらいの穴があいた。それでも男はベッドを越えて、私のいた場所へ来て、ついに倒れこんだ。映画のように血があまり出ていない。また起き上がって、猟銃を向けてくるかもしれない、と思ったら、無意識のうちにもう一発、倒れた男のこめかみに打ち込んだ。今度は少し、ドロっとした赤黒い血が流れた。

人をこの手で殺したことより、自分が殺されず、生きて、魂を守れたことに安堵して、力が抜けていく。一朗が私を支え、私の手からピストルを抜いた。残りの弾3発を取り出し、「よくやった。」と言った。


その後、警察による現場検証が行われ、男の持っていた猟銃があることから、正当防衛が認められ、夕方には警察は帰って行った。夕陽に染まる部屋の中で、私達は言葉少なに現実と向き合った。
最初に口を開いたのは一朗だった。「あいつが狙っていたのは、小室さんの・・・。」
私は小さくひとつ、コクリとうなずいた。あの男は、私が元彼に提供していた楽曲の権利を盗みにきたんだ。一朗は私の過去を知っている。知っていて、知らないふりをしてくれていた。だから、もうダメだと思った。こんなことになって、一朗はもうめんどくさいだろう。これ以上続けられない。「ごめんなさい・・・。」
西陽がだいぶ傾き、東から紫になっていくころ、ベッドに座って動かなかった一朗が、意を決したように話だした。
「沙耶、俺と一緒に横須賀に来ないか。3人でくらそう。」
あまりにも突飛すぎて、何も言えないでいると、安心させるように説得を始めた。
「ここは危険だ。またいつ、権利を狙ったやつが来るとも限らない。こんなところに一人で置いておけないよ。一緒に行こう。横須賀なら米軍が俺が留守にしていても守ってくれる。」
「でも、奥さんが・・いいわけないよ。」
「大丈夫、弓子は知っている。沙耶との関係も知っている。俺と弓子には子供ができない。沙耶、俺の子を産んでくれないか。」
普通の精神状態だったら絶対考えられないんだけど、こんな時だし、何より一朗と離れたくなかった。過去の恋愛で素直になれずに後悔した思いがよみがえって・・・



どーせ、夢だし。
いっとくか!


「うれしい!私行くわ!今すぐにでも!あなたとならどこだって平気よ!愛してるわ!」
と現実には死んでも言えない台詞を吐いて、一朗に抱きついた。一朗のウエストは締まっていて、思ったより細かったので、「私も腹筋頑張ろう」と思ったら目が覚めた。

完。

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突っ込みどころ満載の夢を見てしまいました。。。
一部、脚色していますが、全体の流れは変えていません。突拍子もないのは、夢だから。
ご精読、ありがとうございました。





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